最新GPUと液浸冷却が牽引するデータセンター動向
近年、生成AIブームやHPC需要の高まりにより、企業はかつてない規模の計算資源を求めています。特にNVIDIA H100に代表される最新の6000番台GPUは、AIモデルの学習・推論や科学技術計算で飛躍的な性能を発揮します。しかし、その性能を最大限活かすには、大量の電力消費と発熱への対策が不可欠です。そこで注目されるのが液浸冷却技術を採用したコンテナ型(モジュラー型)データセンターのソリューションです。ベンチャー企業でも導入可能なコンテナサイズのモジュールに、高性能GPUサーバを液浸冷却で高密度実装することで、省エネ・省スペースかつ柔軟に計算インフラを構築できます。本記事では、最新GPU性能から冷却効率、セキュリティ、そしてオンプレミスvsクラウドのコスト比較まで、ビジネスとエンジニアリングの双方の視点でポイントを整理します。
GPUの処理能力:H100などAI用途GPUの性能と用途
NVIDIA Tensor Core GPUは、前世代から大きな性能向上を遂げており、最近はRTX 6000番台の登場で、あらゆるデータセンター向けワークロードで卓越した性能とスケーラビリティを提供しています。H100はアーキテクチャ「Hopper」に基づく第4世代Tensorコアを搭載し、特に大規模言語モデル(LLM)などAI分野で圧倒的な性能を発揮します。例えばGPT-3(1750億パラメータ)の学習では前世代A100比で最大4倍高速化し、推論においても5300億パラメータ級のモデルで最大30倍のスループットを実現しています。この飛躍により、これまで数日かかっていた大規模AIモデルの学習が数時間程度に短縮されるとの報告もあります。
ハードウェアの浸透
H100はまた、HPC(ハイパフォーマンスコンピューティング)用途にも強力です。FP64(倍精度)で60TFLOPSもの演算性能を持ち、科学技術計算で重要な行列演算性能を飛躍的に高めています。動的計画法アルゴリズム向けの新命令(DPX)により、DNAシーケンスアラインメントなどの処理でA100の7倍, CPUの40倍の性能を示した例もあります。これにより、H100を多数投入したクラスターでは、エクサスケール級のHPCや数兆パラメータAIの世界が研究者の手の届くものになりつつあります。
AI用途の広がり
用途面では、H100は生成AIの学習・推論だけでなく、画像・音声処理、レコメンデーション、金融リスク計算、分子動力学シミュレーションなど、AIとHPCの幅広い分野をカバーします。特にトランスフォーマーエンジンを専用ハードウェアで実装しており、FP8など低精度計算でも精度を保ったまま高速演算が可能です。さらに1つのGPUを仮想的に最大7分割するMIG(Multi-Instance GPU)機能により、複数の軽量ワークロードを同時に安全に実行できる柔軟性も備えています。こうした機能セットにより、H100はAIの学習・推論サーバ, 大規模並列計算クラスター, データ分析基盤など、様々な用途で活用されます。
電力効率
とはいえ、これら最新GPUの電力あたりの性能を最大化するには、適切なインフラが必要です。H100カード1枚あたりの消費電力は数百W(ピーク時最大700W近く)に達し、多数搭載すればラック全体で数十kW規模の電力・熱を処理する必要があります。高発熱密度を安全かつ効率的に冷却する手段として、従来の空冷だけでは限界があり、液浸冷却の導入が注目されているのです。
電力効率:空冷 vs 液浸冷却の違い
高性能GPUを安定稼働させるには冷却効率が鍵となります。従来型のデータセンターでは空調(空冷)による冷却が主流で、最新施設でもPUE(Power Usage Effectiveness)は1.3~1.5程度が一般的でした。PUEは「データセンター全体の消費電力÷IT機器の消費電力」で定義され、1.0に近いほど効率的です。2022年時点の平均的なデータセンターPUEは約1.58と報告されており、それだけ計算資源以外に冷却などの付帯設備が電力を消費していることになります。一方、液浸冷却を用いることでこのロスを大幅に削減可能です。シングルフェーズ(一相)式の液浸冷却ではPUE値は1.05~1.10程度まで低下し、ツーフェーズ(二相)式では1.01~1.02とほぼ理想的な値まで向上します。つまり冷却エネルギーを90~98%削減できるポテンシャルがあるのです。
液浸冷却の仕組みと効果
液浸冷却の仕組みは、サーバやGPUを絶縁性の高い冷却液に直接浸すことで、電子機器から発生する熱を効率よく液体に伝え去ります。シングルフェーズ方式では、冷却液は沸騰せずポンプ循環によって熱交換器へ送られ冷却されます。一方、ツーフェーズ方式では、冷却液が熱で沸騰し気化する際に大きな熱吸収効果を発揮し、上部の凝縮器で液体に戻して循環させます。どちらの方式も空冷に比べ熱伝導効率が桁違いに高く、サーバ内部のファンや大規模空調設備を不要にできます。その結果、例えばシングルフェーズ浸漬でPUE=1.03を達成したケースでは、従来比でデータセンター全体の消費電力を32%削減できています。ツーフェーズの場合は若干効率が良く、PUE=1.01台も実現されています。実際、日本国内でもKDDIなどが液浸冷却コンテナの実証実験を行い、**従来比43%の消費電力削減(PUE=1.07)や、さらには冷却電力94%削減(PUE=1.05)**といった顕著な成果を報告しています。
コスト効果
電力効率の向上はそのまま運用コスト削減に直結します。データセンターの電力コストのうち、冷却が占める割合は30~40%にも達していたため、液浸冷却によりこれを数%程度まで圧縮できれば、電気料金の大幅な節減となります。また冷却ファン停止によるノイズ低減や、空調スペース不要による設置面積の削減(富士通の発表では密度2倍、Quantum Mesh社も従来の1/5~1/3の設置面積と報告)といった副次効果も得られます。さらに液浸環境では部品が均一低温に保たれるため、GPUやサーバを常にブーストクロックで運転しても熱暴走のリスクを抑えられ、性能をフルに引き出しやすい利点もあります。実際、液浸冷却によりGPUブースト性能が安定し、計算完了時間が短縮された事例も伝えられています(例えばAWSも最新H100搭載p5インスタンスで前世代比最大6倍の学習時間短縮をアピールしています。これは高効率な冷却環境整備が前提です)。
なお、シングル vs ツーフェーズの選択についてはトレードオフがあります。ツーフェーズ方式は若干PUEで勝るものの、冷却液(フッ素系など)のコストが高価で、気化による液損失対策やシール技術が必要になるため初期導入費用や運用の複雑さが増します。一方シングルフェーズ方式は、安価な絶縁油や合成液を用いてポンプ循環するシンプルな構成で、実効PUEも1.0台前半と十分低く、コストパフォーマンスに優れるため広く採用が進んでいます。現にQuantum Mesh社のコンテナ型DC「KAMUI」も閉ループ式の一相液浸を採用し、冷却に地下水まで活用することで冷却電力1/10以下という驚異的な効率を達成しています。富士通も2018年に販売開始した液浸システムで**PUE1.07(消費電力40%減)**を実現し「大規模空調が不要になる」と発表しています。このように、GPU時代の新冷却方式として液浸冷却は電力効率・実装効率の両面で大きな利点をもたらし、国内外で本格的な普及期を迎えつつあります。
セキュリティとメンテナンス:液浸冷却導入時の注意点
液浸冷却を伴うコンテナ型データセンターの導入にあたっては、物理的および論理的セキュリティの両面で従来とは異なる考慮が必要です。まず物理面では、データセンターが自社敷地内のコンテナに収容されるケースが多く、アクセス制御や監視カメラなどによる施設の防犯対策が重要です。コンテナ型は可搬性が高い反面、厳重に施錠・施錠管理を行わなければ不正侵入リスクがあります。しかし、裏を返せばクラウドなど第三者の施設を使う場合と異なり、自社の物理的管理下にサーバを置けるため、機密データを含む計算でも外部業者の手を介さず運用できる安心感があります。一部の業界では法規制上データを国内施設から出せないケースもあり、その場合オンプレミスである本方式はむしろセキュリティ遵守に適しています。
液浸冷却そのものの安全性
液浸冷却そのものの安全性についても言及します。使用される冷却液は電気絶縁性が高く水とは異なり機器をショートさせない仕様ですが、液体によっては可燃性の油ベースの場合もあります。最近では不燃性で人体に無害、さらに長期間劣化せず交換不要な冷却液も登場しており(富士通の液浸システムで採用)、適切な液剤選定と密閉性の高いタンク設計によって、安全性とメンテナンス性を確保できます。実際、富士通は独自密閉タンクで液体の揮発を最小限に抑え、ユーザが定期交換をしなくても済むようにするなど、運用管理の容易さをアピールしています。液浸環境ではサーバを覆う液体が外気を遮断するため塵埃の影響が減り, 基板の腐食やファン故障といった従来故障要因も低減します。加えて液浸そのものが防火槽の役割も果たし、サーバ発熱部が常に液中にあることで発火しにくい環境と言えます(油の場合でも引火点が高いものが使われます)。もっとも、万一の液漏れや容器破損に備えた二次格納や消火設備は必要であり、コンプライアンス上の安全基準(例えばIEEEやJEITAの標準など)に沿った設計・運用が求められます。
論理的セキュリティ
論理的セキュリティについては、液浸冷却だからといって基本的なサイバーセキュリティ要件が変わるわけではありません。ラックやサーバ構成が変わっても、ネットワークの防御やアクセス制御、データ暗号化といった対策は従来通り必要です。ただ、H100のような最新GPUにはConfidential Computing(機密計算)機能が組み込まれており、GPU上でのデータ処理の機密性・完全性をハードウェアレベルで守る仕組みが導入されています。これは従来CPU(例えばIntel SGX)のみに限定されていた機能をGPUでも実現したもので、オンプレミス環境において複数テナント間でGPUを共有する場合や、機微なモデル・データを扱う場合にも論理的なデータ分離と保護が図れます。前述のMIG機能も各仮想GPU間をハードウェアで分離するため、クラウド同様にGPU資源のマルチテナント利用時のセキュリティを担保できます。
メンテナンス性
メンテナンス性の観点では、液浸冷却導入によっていくつか新たな課題も生じます。まず、機器の増設や交換作業時にはサーバを液体から引き上げる必要があり、従来ラックから抜き差しするより手間がかかります。作業者は耐油性の手袋や保護具を着用し、部品を取り出した後は付着した液を適切に除去・回収する工程が加わります。特にツーフェーズ方式ではタンクを一度停止・減圧してから開封する必要があり、復旧までのダウンタイムが長くなる傾向があります。このため保守要員への専門訓練や、メーカーによるオンサイトサポート体制の確保が欠かせません。幸いシングルフェーズ方式では液体も粘性の高いものが多く揮発もしにくいため、落ち着いて作業すれば難易度は徐々に低減してきています。実際、「液浸でも一般的なサーバをそのまま使い、特別な構造の装置は不要」といった設計の普及で、運用者にとっても違和感のないメンテナンスができるよう工夫が進んでいます。今後は液浸対応の標準ラックモジュールや、自動昇降機構付きタンクなども開発が期待され、運用負荷はさらに軽減されるでしょう。
総じて、液浸冷却コンテナ型データセンターのセキュリティは「自社で物理環境を制御できる強み」と「新技術ゆえの運用ノウハウ蓄積の必要性」の両面があります。ベンチャー企業であっても、小規模から開始し徐々にスケールアップできる柔軟性がコンテナ型の魅力です。適切なセキュリティ対策と訓練を施すことで、安全かつ効率的に最先端GPUリソースを活用できるでしょう。
価格比較:オンプレミス液浸GPU vs クラウドGPUのコスト効率
最新GPUインフラの導入に際し、初期投資とランニングコストのバランスは経営判断上の重要事項です。オンプレミスで液浸冷却+GPUクラスタを構築する場合と、AWSなどクラウドのGPUインスタンスを利用する場合とで、その性能あたりの費用対効果を比較してみます。
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初期導入コスト
オンプレミスではGPUカード(H100は1基数万ドルと言われます)やサーバ筐体、液浸タンク・冷却設備、コンテナ設置工事などにまとまった初期投資が必要です。一方クラウド利用では初期費用は不要で、必要な時にリソースを借用できます。ただしオンプレ投資は資産となり、減価償却や再販価値が残る点も考慮に入れるべきです。 -
ランニングコスト(電気代・保守費用など)
オンプレミスでは自社で電力を払い続ける必要がありますが、液浸冷却導入により冷却コストは最小限に抑えられます(前述の通りPUE1.03ならIT負荷1に対し冷却0.03程度の電力で済む)。クラウドの場合、利用料金に電力や運営費が含まれており、一見すると使った分だけの従量課金で柔軟ですが、長時間連続利用では費用が嵩みます。例えばAWSのH100搭載インスタンスp5.48xlarge(GPU 8基構成)のオンデマンド料金は東京リージョンで約$98.32/時(約8基で)となっており、GPU1基あたりに換算すると**$12前後/時(約1,600円/時)に相当します。このまま1年間フル利用すると$98.3×24×365 ≒ $861,000**、GPU1基あたりでは**$107,625/年**(約1400万円/年)ものコストになります。実際には長期契約割引やスポット利用で低減可能ですが、それでもクラウドGPUは常時利用には高価と言えます。対して、ある試算によればH100を自前購入・共用ラック設置した場合の年間コストは$6,600程度(設備償却込み)に収まり、同等性能をクラウドでレンタルすると年間$48,700超かかるため、約8か月で元が取れる(ブレークイーブン)とされています。この試算ではクラウド利用時の支出は年間約5,000万円、オンプレは約700万円程度に相当し、オンプレ運用はクラウドの1/7以下のコストという驚くべき差となりました。 -
性能あたり費用
上記を性能ベース(例えば1TFLOPSあたりの費用)で考えると、オンプレミス+液浸冷却は高密度実装と低PUEによる電力節減のおかげで極めて高いコスト効率を示します。クラウドのGPUインスタンス料金にはデータセンター設備や冗長化、人件費、利益も含まれているため、ユーザ視点では「手軽だが割高」になります。特にHPCや大規模AIのようにGPUを高負荷で長期間使用するケースでは、オンプレ自前運用の方が総費用を半減以下に抑えられるとの分析もあります。一方、短期間の実験や負荷変動が大きい用途ではクラウドの従量課金が有利になる場合もあります。利用率が低いときには課金されないため、オンプレ機材を遊ばせておくより無駄がないからです。そのため近年は「平常時は自社GPUで賄い、ピーク時のみクラウドで増強する」ハイブリッドIT戦略も推奨されています。この方法なら両者の利点を組み合わせ、コスト最適化とスケーラビリティを両立できます。
以下に、オンプレ(液浸冷却+最新GPU)とクラウドGPU利用の比較をまとめます:
項目 | オンプレミス (液浸冷却 + GPU) | クラウド GPU (AWS等) |
初期導入 | 設備購入・設置が必要(資本投資) 例: H100 GPU $30,000程度×台数, 液浸タンク・冷却装置費用 |
初期費用ゼロ(資産不要) 必要時にリソース確保、契約のみ |
電力・冷却コスト | 自社負担だが液浸で冷却電力90%以上削減 電気代は長期契約で安価安定 |
利用料金に含まれる(高PUEやマージン込み) ※ユーザは意識不要だが単価は割高 |
運用・保守 | 自社で保守(要スキル) 障害時も自力対応。ただし機密データを社内維持可 |
クラウド事業者がインフラ保守 ユーザは管理負担小。しかし他社にデータ託す形 |
コスト効率 | 高:高負荷連続利用で費用対効果良 例: H100×1を5年間フル活用するとクラウド比1/7以下 |
低~中:利用時間が短いほど有利 ピーク以外停止すれば無駄なし。長時間では割高 |
スケーラビリティ | 機材増設に時間・費用(だが計画的拡張可) 余剰資産は遊休になる恐れ |
必要に応じて即座にスケールアウト 需要減少時は解約でき柔軟 |
※上表の数値は一例であり、実際のコストは契約形態や電気料金によって変動します。ただ、「GPUを年間通して3割以上の稼働率で使うならオンプレの方が総費用安」とする試算もあり、ベンチャー企業でも計算需要が見込める場合は自前GPUクラスタ+液浸冷却の導入を検討する価値があります。一方、スタートアップの立ち上げ期など資金や人員リソースが限られる場合はクラウドで小さく始めるのも現実的な選択です。その後ビジネス拡大に応じてハイブリッド運用に移行し、基幹部分をオンプレ化することで長期コストを削減しつつ、突発的な需要はクラウドで吸収するのが理想的なアプローチでしょう。
おわりに:普及の展望とまとめ
最新GPUと液浸冷却技術の組み合わせにより、これまで大規模事業者の専売特許だった高性能データセンターがモジュール化・コモディティ化しつつあります。国内初のコンテナ型液浸DC商用化を果たしたQuantum Mesh社の例や、富士通・KDDIといった大手による相次ぐ実証は、この分野の技術革新と需要拡大を裏付けています。ビジネス層にとっては、電力効率改善によるコスト削減と環境負荷低減(カーボンフットプリント削減)は持続可能な経営へのアピールポイントとなり得ます。また、自社データセンターを持つことで機密データを安全に処理できる利点もポイントです。エンジニアにとっては、最新GPUのポテンシャルを最大限に引き出すインフラとして液浸冷却コンテナは魅力的であり、高密度・高効率・高信頼性を備えた次世代プラットフォームとして台頭すると予想します。
もっとも、液浸冷却の大規模普及には標準化や知見の共有も必要です。冷却液の取り扱いや長期安定性、装置メーカー間の互換性確保、緊急時対応手順など、克服すべき課題も指摘されています。しかしそうした課題に対しても、各社の取り組みやユーザーコミュニティによるナレッジ蓄積が進んでいます。AI時代に即したデータセンターの新スタンダードを確立すべく、液浸冷却コンテナ型データセンターが出てくると想定し、当社もデータセンターへのシステム移行について積極的に検討していきます。

記事を書いた人
坂口広樹 / 取締役
北海道大学大学院卒業後、三菱電機株式会社のIT研究所にて研究開発に従事。製品の付加価値を生み出す技術の創出と知財権の取得を主な業務とし、またGoogleベンチャー企業とシリコンバレーで他社研究所との共同研究を経験。2020年8月に株式会社ORGO設立、同社取締役就任。国立大学との共同研究等により、新技術開発を牽引。